記録と語り 記録に残ったことと、後から語られた話を分けて見る

史料ガイド

『三河物語』みかわものがたり

同じ時代を生きた人の記録 出来事を知る人が、後になって書いたもの

書いた人大久保忠教(おおくぼ ただたか。家康に仕えた旗本)
いつ1622年に草稿、1625〜26年ごろ成稿
使っている章第三章「金ヶ崎の殿」

一どんな本か

徳川家の家臣が、松平・徳川家の歩みを子孫に伝えるために書いたもの。もともと世に出すつもりのない家の書でした。

二読むときに気をつけること

徳川方から見た記録です。同じ出来事が、『信長公記』とはまるで違う人の手柄として書かれます。

金ヶ崎の撤退は「鐘ヶ崎之、のきくち」として、信長が家康を後に残し、夜が明けて「木下藤吉、御案内者を申て」逃がした、と書きます。姉川については「今日之合戦は、家康之御手がら故、天下之誉を取と、信長も御感成」── 浅井の名すら出てきません。

このシリーズでは、同じ合戦が書き手によって別の人の戦いになることを示す札として使います。「誰が書いたか」を見ないと、手柄の話は読めません。

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